on that occasion 散文 インスタントシャングリラ

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散文

過去に書いた作品をいくつか掲載しています。

インスタントシャングリラ

彼女は京都の下町、とある商店街の、そんなに繁盛していないお店の子供でした。
毎日、商店街の同世代の子供たちと、わんぱくに遊んでいたと言います。
彼女が16歳になった頃。近所の2つ年上の男の子に告白します。
「ウチと結婚して」
そして4年後。彼女は結婚。
子宝にも恵まれ、裕福ではないものの、毎日が充実していました。
お子さんは4人だったかな。
そのうち2人は双子だそうです。

ご主人は4人のお子さんを育てるために、大阪のとある企業へ出稼ぎに行きました。
彼女も家計を支えるために、親戚のお店を手伝いました。
そして、子供たちは大きくなり。
それぞれ独立し、お孫さんも生まれ。

彼女はよく言います。
「うち、お父ちゃんが大好きやってん」

時は経ち、2人は歳をとり。
僕がこの物語の続きを聞くのは、
ご主人が入院してからのこと。

彼女はご主人と離れたくない、と
病院に泊まりこみで介護をします。
長い長い入院生活。

ある日、子どもたちが彼女に打診をします。
「おかあさん、お父さんに施設に入ってもらおうと思うねん」

彼女は抵抗します。
1ヶ月間、闘争したと笑って言ってました。
でも。ご主人のことを考えて。
「わかった。そしたらうちも着いていく」

こうして。彼女とご主人は今の施設にやってきました。
もう7年前のことです。

去年の終わり。
ご主人はこの世を去られました。
彼女は正直な人でね。
感情をまっすぐ表に出されます。
僕に泣きそうな顔をしてね。
「うち、ひとりになってもうた」

彼女の部屋には数ヶ月に一度。
お子さんとお孫さんがやってきます。
僕はそんだけ家族がいるんだったら、週替りで誰か来たれや、と思います。


おととい。夕方、ベンチでね。
「もう暗なってきましたね」
「今、何時え?」
「まだ5時半です」
「だんだん冬が近づいてきてんねやね」

おばあちゃん、ここにいたらとりあえずは衣食住の心配はありません。
年金があるしね。ま。ほとんど残らないけど。
そう。おばあちゃん。自由に使えるお金が欲しいと言います。

「ナンボくらいあったらいいですのん?」
「そやねぇ。お小遣い3,000円くらいあったらひと月持つわ」
「そんなんでええんですか?」
「そやかて。スーパー行ってお饅頭買うくらいやもん」


おばあちゃんは一所懸命に生きてきました。
一所懸命に子どもたちを育ててきました。
そして一所懸命にご主人を愛してこられました。
長い長い彼女の人生。 ほんの少しだけど、僕は彼女と接点が持てた。
それが僕の勝手な気持ちなんだけど、
嬉しいのです。