on that occasion 散文 ハイティーン・ブギ

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散文

過去に書いた作品をいくつか掲載しています。

ハイティーン・ブギ

僕には叔父が四人いました。今日はその中で四番目の叔父の話をしたいと思います。名前はタケルとでもしましょう。

時は八十年代前半。タケルが二十代半ばに差し掛かるころのことでした。
京都のヤンキーだった彼は定職にもつかず、毎晩悪友たちと車やバイクで京都の街を走っていました。

ある日、彼は友だちの友だちって感じで、一人の女性と出会います。
物静かで美人。この場にいるのが似合わない清楚で古風な感じがする女性。タケルは一目ぼれしました。名前はカスミとでもしましょう。
カスミも、やんちゃなタケルのことが気になり。二人が付き合うまでには時間がかかりませんでした。

タケルは家族からほとんど信頼されていませんでした。どんな仕事をしても長続きせず。いつも夜遅くまで遊んでいる。金遣いが粗く、いつもお金に困っていて、いつも誰かから借金をしている。何を言っても、どこまで本当のことなのか。誰も本気では信じてくれない。 カスミの仕事はモデル。つい最近、初めての大きな仕事。なんと全国区の化粧品メーカーのコマーシャルに抜擢されたとのこと。
タケルの部屋には化粧品のポスターが何枚も貼られていました。
「オレ、今この子と付き合ってるねん」
家族の誰も信じてくれないけど、嬉しそうに語るタケルでした。
街ではそのコマーシャルソングをよく耳にしました。

二人の仲は急速に深まっていきました。やがて一緒に住もうとなりました。
が、しかし。カスミは裕福で格式の高い家柄。
タケルは京都のヤンキー。仕事は鉄工所やガソリンスタンドなどを転々と。
カスミのご両親は猛反対。もちろん彼女が所属しているプロダクションも大反対。
結局。カスミは仕事を辞め、家も出る決意をします。
タケルは新しい職場に社員として就職。

○月□日。その日を一緒に住む日と決めました。
タケルが新しい職場で汗を流して働いている頃、カスミは荷物をまとめて実家を出ます。
夜、タケルは家に帰りました。でも、いるはずのカスミがいません。
探しました。友だちに電話をたくさんしました。
でも、その日は何も知ることはできませんでした。
翌日。タケルの友だちから一本電話が入ります。
「カスミが踏切事故で死んだ」
昨日の夕方。たくさんの荷物を持ったカスミは、駅について走ってタケルのアパートへ向かっていました。
カランカランとなる踏切を越えればという時。ヒールが線路に挟まって。手に持った荷物が散らばって。

タケルは葬儀に呼ばれませんでした。
それからのタケルの生活は荒れました。
警察にも少しお世話になりました。

タケルが前向きに歩き出したのはそれから五年後のこと。
イズミとでもしておきましょう。いつもケラケラ笑って、妙に人懐っこく。誰にでもタメ口で話す。不思議なことにそれが嫌な気分にさせない。そんな女性。
清楚で古風な感じがするカスミとはまったく違ったタイプの女性です。
彼女がタケルを救いました。
イズミはタケルと結婚しました。
タケルはイズミと暮らすために、必死で働きました。そして小さいですが町工場を自分で興しました。アルバイトも数人雇うほどになりました。

1987年2月、ある日の夜。
僕の家に三番目の叔父がきました。
「タケルが死んだ!」
「え?」
何言ってるの?昨日まであんなピンピンしてたのに?
病院に行くと、冷たくなったタケルさんがいました。交通事故でした。

葬儀も終わって。イズミさんはこのまま京都に残るつもりでした。けど「イズミさんの人生はまだ長い」と叔父たちの説得があり、実家に帰ることを決意しました。
「ねぇ、○○くん。タケルさんの遺品をいろいろ整理してたらさ、こんなのが出てきたんだ」
イズミさんが僕に見せてくれたのは一冊のノート。そこには、カスミさんとの日々やカスミさんへの思いがたくさん綴られていました。
「カスミさんって人がいたことは知っていたけど、こういうの読むと、やっぱ辛いよね」
「そうだ、○○くん。これ持ってて。タケルさんの形見だと思って」
それは『ハイティーン・ブギ』というタイトルの単行本でした。
「タケルさんが家から持ってきたものなのよ。でも、タケルさんがこんなの自ら進んで読むとも思えないんだけどね」
イズミさんは、ほんの少し笑っていました。

タケルさんがいなくなって二十年ほど経ちました。
その間、二番目の叔父が病気で、祖母は老衰で他界しました。
一番上の叔父は京都を離れました。
三番目の叔父は毎週末、誰も住まなくなった実家にフラッと寄ります。
隣接するタケルさんが残した工場をアトリエ代わりに、趣味の絵を描いたりして時間を過ごすのです。
三番目の叔父をノボルとでもしましょう。

ある日曜の朝。ノボルさんが誰もいない工場で時間をつぶしていました。
片手に缶コーヒーを持ち、本人は「これがお金になるねん」と言うけど無造作に積まれた、どう見てもガラクタの山にしか見えない金属の塊を眺めてニコニコしながら。
工場の外で女性の大きな声が聞こえました。

「ノボル兄ちゃん!」
「あれ?イズ…イズミちゃんか?」
「ご無沙汰してます!ちょっとこの辺に用事があって寄ってみたの」
「オカンも二番目の兄貴も死んでもうてな。もうみんなバラバラになってもうた」
イズミさんはただただ懐かしく工場を見渡していました。
「あ、イズミちゃん。これ見るけ?」
ノボルさんが奥から持ってきたものは大切に保管されたタケルさんの写真。
「オレなぁ。兄弟多かったけど、たった一人の弟ってこともあって、タケルが一番好きやってん。イズミちゃんを前にしてあれやけど。アイツ嘘もようつくし、信用もできんやつやったけど、よー笑かしてくれてな。どこか憎めんくてなぁ」

イズミさんとノボルさんの立ち話は三十分くらい続きました。
「ノボル兄ちゃん、そろそろ行くね。この後、また寄りたいところあるの。バタバタしてごめんね」
「おお、そうか。また遊びに来てぇな。あ、駅まで送ったろか?」
「ううん、大丈夫。そこに車待たせてあるから。なんか今日来てよかった。ありがとう」

待機している車まで走っていくイズミさん。 ノボルさんはその姿をボーっと追いかけていました。大きなワゴン車の助手席に乗って、車はUターンして遠ざかります。運転席はおそらく今のご主人かな。後部座席には…。
「あれ?まるでタケルの後ろ姿ちゃうけ?」
そのガタイのよさ。姿勢。一瞬しか見えなかったけど、あの雰囲気。ノボルさんいわく、タケルさんを思い出したとのこと。
「オレの思い込みかも知れへんけど。もしかしてあの時、イズミちゃん妊娠してたんちゃうかと思うねん」

イズミさんが実家に顔を見せた日から、もう何年も経ちました。
僕はノボルさんと時々、実家の工場でお互いの近況を話し合います。で、その話がだいたい尽きてくるころに。必ず。
ノボルさんはタケルさんの思い出を楽しそうに話だします。